晴れた空が眩しい (1)
夜が明けて、分厚い遮光カーテンの隙間から日の光が部屋に差し込んできている。 外界では、土曜の朝であるにも拘らず既に人々が忙しなく動き始めているだろう。 しかし俺は、情事後の気怠い空気がまだ色濃く残るホテルの一室に居た。 息が詰まりそうなほどの重苦しさに耐えながら。
「面倒なことになんのも嫌だし、アンタとはこれでおしまいってことで。」
気を抜けば醜く歪んでしまいそうになる顔に無理矢理笑みを貼り付けて 『終わり』 の言葉を告げると、 目の前のソファーにゆったりと座っていた男は僅かに瞳を揺らして顔を顰めたが、直ぐにいつもの無表情に戻った。 床に散らばった服を一枚一枚拾い上げ身に付けていく俺を、タバコを燻らせながら無言で眺めている。
いつもいつも、この男と会った後は自分の身体からタバコの匂いがする。シャワーを浴びても鼻の奥に染み付いた匂いが中々取れない気がして不快だった。
でもそれも今日でおしまい。 だから言ってやったんだよ。 コイツが不機嫌になろうがなんだろうが、 もうどうでもいいことだから。
「俺さ、タバコ吸わないじゃん? 窓も開けてない部屋でタバコ吸われるの、スゲー嫌だった。
煙いし、匂いつくし。 アンタはそんなこと気にしたこともないだろうけど。」
「そうだな、気付かなかった。 言ってくれればよかったのに。」
悪びれもしない男の口調に、予想していたこととはいえ無駄に苛立つ。
「言われなくても気付くんだよ、フツーは!」
そう、普通は気付くんだよ。 相手のことを考えてあげる気持ちがあったら。 そういうカンケイだったら。
馬鹿みたいに大声を出した後、突然気付いた。
ああそうか、だからコイツが気付かなかったのも当たり前か。 そんな温かいカンケイじゃなかったもんな。 会って、ただヤルだけだったもんな。
1年もこういうの続けてて、お互いのことなんてなんにも知らねー。 うわ、自分で言っててサムくなる。
何も言い返してこない男を見ないようにして、特別な別れの挨拶もせず、俺は一人部屋を後にした。
簡単で実に呆気ない結末。
でも、エレベーターに向かう途中、部屋の方を振り返ってしまったのは何故だろう?
この期に及んで俺は何かを期待しているのだろうか?
追いかけてくるはずなどないのに。 馬鹿馬鹿しい。
約1年前、俺とあの男はゲイの集まるバーで知り合った。 ハッテン場のように明らさまにその日の性処理相手を物色できるような店ではなく、普通に酒を楽しみにくる客が多い落ち着いたタイプのバーだ。
とは言え、隣に座られて酒でも奢られれば誘われているということになる。
一人静かに飲んでいた俺の隣に座った男に、『出よう』 と言われてついて行ったのは俺で、バーの近くのシティーホテルで抱かれたのも俺だ。 誰に強制されたワケでもなく、納得して、俺の意思でしたことだ。 身体の相性が良かったようで、その夜以降も会うようになったのも別に普通のことだろう。
お互いのことに干渉せず、都合が合った時に会って寝る。 それが1年続いただけのこと。
ただ、 『干渉しない』 というのは言い換えれば 『無関心』 だということで。 もっと悪く言うなら 『興味がない』 ? 始めはそれでいい。後腐れなく、生理的な欲求を吐き出したい時にテキトウに吐き出して、気軽な関係を楽しんでいられる。 でも、どうやら俺は、そういうドライな人間関係を維持するのが苦手な、面倒くさいタイプの男らしかった。 段々と相手のことに興味が湧いてくる。自分に関心を向けて欲しくなる。独占して縛り付けたくなってくる。 身体を重ねてしまえば特に。 普通の恋人同士なら、或いはそんな関係に発展しそうな二人ならそれは問題ないだろう。 しかし、相手が緊密な関係を望まない場合、この性格は致命的だった。
前の男にはそれで振られたんだもんな・・・。
鬱陶しいって。ウザイって。重いって。 同じような意味の単語をこれでもかって並べ立てられて振られた。 自覚していただけに、その言葉は鋭い棘のようにぐさりと俺の胸に突き刺さった。 そしてそれは未だに抜けていない。 棘の刺さった部分は今でもじくじくと鈍い痛みを放つ。
だからこの男とは1年も続いたんだろうけど。
あれは最初の夜から暫く経って、お互いの存在に慣れてきた頃のこと。 男が妻帯者だということがわかった。でも、妻のことは愛していないとか・・・月並みなことを言われて、俺はそれを黙って受け入れた。 面倒くさい揉め事は嫌だとは思った。けど、振られたばかりで人恋しかった俺は、やっと慣れてきた人の温もりを手離したくなかったから・・・、ウザがられないように、重くならないように、必死で無関心を装い適度な距離を置いて関係を維持した。
『妻に子供ができた』 なんて・・・、これも随分月並みな別れの切り出し方だよな・・・。
「終わりにしよう、って一言で言ってくれた方が傷が小さくて済むんだけどな〜。
どうせ大した関係じゃなかったんだからさ、追い縋るなんてことするワケねえんだし。」
ふと思ったことを口に出してみて自分で驚いた。 やっぱり”傷”とか・・・負っちゃってんの俺?
「ぜーんぜん成長してねえなぁ・・・」
自嘲的な言葉と共に零れてくるのは乾いた笑い。
ホテルのエントランスを出て思い切り息を吸い込んで、俺は携帯のフリップを開き、真っ二つにへし折った。
これで本当にオシマイ。 すっきりしたよ。
天を見上げた俺の視界が滲んで霞むのは きっと・・・・・・晴れた空が眩しいからだ。
(続く)
えーと・・・、暗い話じゃない・・・はず
えーと・・・、暗い話じゃない・・・はず
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