『康太とチカのバレンタイン』 (3)



2月の寒い日の夕方。

薄暗くなった住宅街を男二人が手を繋いで息を切らして走っている ─ 正確には制服姿の高校生がリーマンを引き摺るように連行している ─ のは物凄く変だ。 道行く人が皆振り返るのは当たり前だろう。

まあそんなこと、今は気にしている余裕がないけれど・・・。



「こ・・・ぉた・・・、ちょっ・・・まって。 くるし・・・」

マンション前の緩く長い坂道を休まず駆け上がるのは三十路近くの人間にはかなりキツい。 しかし、堪らず音を上げた俺を振り返って康太が一言。

「ゴメン。でももう少しだから頑張って。お願い。」

切羽詰った顔をされてまた心拍数が跳ね上がる。

俺を殺す気かよ・・・

強く手を掴まれているだけでも胸がギュッってなってるのに。 この後のことを考えるだけで身体が火照ってきてるのに。 これ以上苦しくさせてどうすんの。

10も年下の男に、どうしようもなく煽られている自分を再確認して呆れる。
いい大人が17の高校生に骨抜きなんて恥ずかしい。 けど事実だからもう仕方ない。

目を閉じて、一度大きく深呼吸をして、また一緒に走り出した。








マンションに着いてすぐ、康太は俺を真っ直ぐ寝室へと連れて行った。
俺もそのつもりだったのだからそれはいい。 ・・・・・・が、


「脱いで。」


ベッド脇に立たせた俺に一言。


「・・・は? え、でも先に・・・」
「いいから脱いで!!」


真顔でピシャリと言いつけられて渋々衣服を脱ぎ始める俺。 時々・・・だが、康太はこういう場面でいきなり強気になったりすることがある(後で謝るくせに)。 こんな風に聞きなれない口調と声音で言われると俺はちょっと逆らえない。 いつもニコニコと柔和な顔しか見せないから (あとヘコんでシュンとした顔とか)、たまにキリっと真顔になられるとドキドキしてしまうんだ・・・・・・なんて呑気に考えてる場合じゃなくて。

服を脱いでいるところを腕組みしながら眺められてるのはあまり気分が良いものではないし、そういう趣味はないから興奮もしない。 しかし、10も年下のくせに、康太のクセに、康太のクセにーーっ!!と思いつつ、俺が今何も言えないのは康太が握り締めている妙なモノが気になるからで。 なるべく刺激しないように努めながら、おずおずと口を開いた。

「えーと・・・、・・・するんだよね?今から。」
「するよ。」

「だったら・・・シャワーを・・・」
「後にして。」
「あとって・・・、汗かいたし、埃っぽくて嫌なんだけど」
「我慢して。」

「がまんって・・・」


「俺はすごく我慢してた。 先月からずーっとチカさんに会えないのも我慢してたし、
 一昨日スッゲー嫌な場面を見た時も怒るの我慢した。
 今日の今日まで・・・、俺は色んなこといーーっぱい我慢したんだっ!!」



大して(というか殆ど全く)責めることもせず俺を許したからおかしいと思っていたが、やっぱり内心かなりキレていたらしい。 そりゃ当然だろうけど。

でも、怒った顔というよりは叱られて泣き出す直前の (犬みたいな) 心細そうな顔してる・・・



ああーーー、ほんとにカワイイな〜〜、もう!!



じゃねえよ。モエてる場合か。


「それはホントに悪いと思って ──・・・」
「ちゃんと 俺がキレイにしてあげる から、黙って言うこときいて?」

「・・・・・・・・・・・・・・。」



キッパリ言い放たれて黙り込んだ俺にゆっくりと近づいて頬を撫でながら唇を重ねた。

始めは優しく触れるだけ。それから俺の唇を食むように弄りだす。薄く口を開いて舌を招き入れてやると、舌先で一通り俺の口内を撫でてからしっとりと絡めた。 強請るように差し出した舌を甘噛みされて、強く吸われると頭の芯がジンと痺れる。 頬、耳元、首筋と康太の指が辿った部分から熱が生まれて全身に行き渡り、くたりと身体の力が抜けたところでそっとベッドに横たえられた。

そして俺は、ボンヤリした意識の中・・・・・・ 例のモノのキャップを開ける音を聞いた。



確かにさ・・・

『はやく俺を食べて』 とか、普段なら口が裂けても言えない台詞を吐いたのは俺だ。(←酒の勢いが多分に有)


でもその通りにすることはないだろう・・・?

俺はアイスクリームでもホットケーキでもないんだよ。 因みにそういう趣味もないんだよ。
何故俺は、康太が道中コンビニに寄った時点で、いや、そこでアレを買おうとした時点で制止しなかったのだろうか!?


「それ・・・どうするつも ──・・・」
「チカさんの想像通り」

「・・・・・・・・・・・・。」


いや・・・ そりゃ想像はできてますけど・・・。 それがイヤだからわざわざ訊いてるんですけど・・・







その数分後・・・・・・ 俺は










ハーシーのチョコレートシロップまみれにされた。




まったく・・・、コンビニにそんな業務用みたいなチョコシロップ(ビックサイズ・623g)を置いておくなと俺は言いたい。



・・・じゃなくて、どうして康太はこういう プレイの一種 のようなことをしたがるんだ!?と訊ねたい。

またどこかで調べてきたんだろうか? それとも友人の体験談(対・女性だろうけど)を聞いた??

今までの彼女とはこんな風にしてたんだろうか???
まさかこれが 『普通』 だと思ってるワケじゃないだろうな・・・・・・!?


いやまさか・・・ね。 (←違うと言い切れないところが恐い)





結局俺は、殆どなんの抵抗もしないまま、むせかえるような甘い匂いの中で康太の要求通りの戴かれ方をした。















「ああ〜〜もう、まだチョコくさいっっ!!」


シャワーを浴びて、全身の至る所に付着していたチョコやら何やらをキレイさっぱり洗い流したはずだが(俺がキレイにしてやるとかほざいていたどこかのお子様は、途中で胸焼けを起こして挫折した)、未だに自分から甘い匂いが立ち上っているようでイラつく。 チョコ&その他イロイロなもので酷い状態になったシーツは即刻引き剥がして康太に洗濯させているが、寝室もまだチョコの匂いが充満していて胸が悪くなりそうだ。

仕方なくリビングに移動して口直しに独り酒を煽っていたところでインターフォンが鳴った。
この時間にいきなり知人が訪ねてくることはないから恐らく宅急便なんだろうが・・・。 届け物の心当たりは全くない。 間違いだろうかと訝しみつつドアフォンを取った。



『佐伯様で宜しいですか。 新垣様よりお届け物ですが。』



康太から・・・
この時点でなんとなく届け物の中身は想像できたし、実際、受け取ったものは俺の予想通りの物だった。


参道の人気ショコラ・ブティックの”フォンダン・ショコラ”。  ご丁寧にハート形だよ・・・





「店頭で買う勇気がなかったんで・・・ネット注文しちゃいました。」


背後から照れくさそうな康太の声。  どうしよう、俺今絶対蕩けた顔してる。こんな顔で振り向けない。


「ここのって・・・、すごい人気だって課の子が言ってたよ?」


素直に 『ありがとう』 も言えないかな、俺。 こんなに素っ気無い物言いもするべきじゃないのに。


「あ、そうなの?? 俺よくわからないんだけど、クラスの女子のお勧めだったんだ。」

「リサーチしたの?」
「スッゲー妙な顔されたけどね。」


まだ世間がバレンタイン色に染まる前に、俺のためにチョコ・リサーチしたのかよ・・・。

『どのチョコがいいかな?』 ってクラスの子に訊いて妙な顔されて、恥ずかしそうにしてる康太の姿が目に浮かんで可笑しくなった。

見たかったな、その時の康太の顔・・・



「康太ってさ・・・」

「はい?」



「どうして一々カワイイんだろうね。」




「ん? えー・・・と?」

ほら、キョトンとしたその顔もカワイイ。
きっとすぐに頬が赤くなって、クシャって嬉しそうに笑うんだろう。 ではその前にもう一打撃。



「大好きだよ、康太。」



ニッコリ笑って言ってやったら、思いっ切りビックリした顔をして、それから瞳をうるうるさせた。
おいおい、17にもなって好きって言われて目を潤ませるなよ・・・


「嬉しいの?悲しいの? どっち?」
「悲しいわけ・・・ないでしょう」


ほんとに一々カワイイなあ、もう。
涙の粒を零さないように必死になって堪えている康太の首に腕を廻して引き寄せた。

バレンタイン・デーは残り数時間。 いっぱい可愛がって色んな表情を見せて貰わなくちゃ。



ああきっと・・・、これから先もずっと・・・、俺はこの年下の恋人から目が離せないに違いない。










+++ end +++
二人は相変わらず・・・でした。
お楽しみ戴けたでしょうか・・・!?





『康太とチカのバレンタイン』 : 01 02 03




  1. コメント:2