『康太とチカのバレンタイン』 (2)



見上げれば、冷たく白い花びらが今にも舞い降りてきそうなほど寒々しい空が広がっている。

ああまるで俺の気分を反映しているかのようだ。


昨日到来した大寒気団の所為で、日本列島は今朝この冬一番の冷え込みとなった。 外気に触れる肌が針で刺されているようにチリチリと痛い。 呼吸をする度に凍った空気が肺を攻撃して痛い。

──── でも本当に痛いのは心の方で・・・。





「ただでさえ寒いんだからさ〜、寒気団背負うの止めてくんない?」


勝屋のいつもの悪態にも反論する気力すらない。

「・・・・・・・・・・・・。」
「えーと・・・、『身も心も凍えてしまった』 ───・・・らしい。」

「この前は浮かれポン太だったじゃないか。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ん? あー、 『ポン太じゃない』 ───・・・らしい。」

「なにがあったんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」


「『チカちゃんが元カレとキスしていた』 ───・・・らしい。」
「はあ!?」

「『目撃したけど何も言えずに立ち去ってしまった』 ───・・・らしい。」
「情けなッ!!」


『つまりはフラレた』 ───・・・んじゃね?」
「フラレてないっ!!」
「だったら自分で話せ、馬鹿モノっ!!」



背を丸めて恨めしそうに上目で見上げる俺を小谷が叱りつけた。


「あれぇ〜、康太っちなに泣いてんの? うわ、ハナ垂らしてる、汚なッ!!」


クラスの女子も冷たい・・・。
ああ俺はきっと・・・このまま凍死してしまうに違いない。

「いや、こんな暖かい教室で凍死はしないから。」

勝屋が呑気に俺の思考を否定する。

これまでチカさんとのラブラブ・バンレンタインを想像(妄想?)してずっと浮かれ気分だった俺が、今日になっていきなり暗黒を彷徨っているのは何故か。 それを詳しく話すととても長くなる。

「いや、簡潔に話せ。」

・・・・・・・・・・・・・・・。
どうでもいいけど一々俺の思考を読むな、勝屋 (怒)

まあ簡単に話せばチカさんの浮気現場を目撃してしまった・・・、ということなんだが。 そしてそれを追及することもできず、それどころか逃げるようにその場を立ち去ってしまったということで。
弁解の連絡すら未だに貰えていないのは、チカさんに弁解する気がないからなのだろうか・・・??
自分から確認できない俺も俺だけど・・・。



二月に入って一週間を過ぎてもチカさんの忙しさは変わらず殆ど九州に行ったきり、電話とメールで連絡を取り合うだけの状態だった。 『大好きだよ、康太』 ・・・なんて普段のチカさんからは絶対聞けない台詞を毎日寝る前に耳元(←電話)で囁いて貰って(←ほぼ強制)、なんとか寂しさを誤魔化していた俺。
『来週 (←14日の週) はなんとか帰れそうだから』 と言われた時は、嬉しさのあまり携帯を握り潰しそうになったくらいだ。(耳元でミシって音がしたからマジで焦った)

そして昨日、12日の火曜日。 帰京のメールを受け取って学校から大急ぎでチカさんのマンションに向かった俺が見たものは、エレベーター脇の非常階段に続く扉の前で元カレとキスをしているチカさんだった。

あんな人目につきやすいところで・・・、元カレの腕を縋るように掴んで・・・、俺とは外で手を繋ぐことすら滅多にしてくれないのに・・・。 俺と彼らの距離は3メートルくらいだったか・・・? 重なった唇から零れる濡れた音とチカさんの甘えたような吐息が俺の耳に響いた。 結局、チカさんが俺に気付くまで声を掛けることすらできずに呆然とその場に立ち竦んで、挙句の果てに俺を呼び止めようとしたチカさんの声を振り切って逃げるように立ち去った。



「それで昨夜はチカちゃんを問い詰める電話もせずにウジウジ一晩中泣いてたのか、お前は?」
「ウジウジって・・・」
「そうだろ? 浮気現場を見て何も言えずに逃げてきちゃうヤツはウジウジ野郎じゃねえの?」
「・・・・・・そう・・・だけど」

「お前ってさー・・・、プチ・ストーカー並なことやったり公衆の面前で後先考えずにチカちゃんにキスしたり
 突飛なことするクセにさー、なんで肝心なとこでいきなりヘタれんの!?」
「・・・・・・・・・。」

「で? 今日は連絡をするんだろうな!?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「馬鹿じゃねーの?? 時間おいたらどんどん連絡取りにくくなるじゃねえか!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」


本当は・・・今すぐにでもチカさんに会いに行って問い詰めたい。何やってんだって怒りたい。
でも恐くてできないんだ。 本当は元カレの方がいいんだってチカさんの口から聞くのが恐いんだ。
だって俺自信ない。
元カレみたいに格好良くないし。大人じゃないからチカさんを支えてあげることもできないし。しつこいし、我慢できずにすぐサカるし。 俺みたいなヤツ、面倒くさいに決まってる・・・。
チカさんは・・・俺があんまりしつこいから、今まで仕方なく付き合っていてくれてたんだ。

「きっと・・・俺じゃ、ダメなん・・・」

「救いようの無い馬鹿だな、お前はっ!!」

それまで黙って俺と勝屋の遣り取りを聞いていた小谷が突然大声を上げた。

「お前じゃダメだってチカちゃんに直接言われたのか!? 違うだろ!?
 相手が何を考えてるかなんて独りで悩んでたってわかるはずがないって前にも言ったぞ!?」

「わかってるけど・・・」

確かに、俺がチカさんと付き合いだす前、今日みたいにウジウジ悩んでた時に同じ事を言われた。
小谷の言うことも勝屋の言うことも頭では理解できている。 でも感情がついていかない・・・。


「このまま終わりたくないんだったらちゃんと連絡しなきゃダメだよ康太。
 明日のバレンタイン、お前ずっと楽しみにしてたじゃないか・・・。」


諭すように言われたが、俺はただ項垂れていただけ。 結局その日も俺はチカさんに連絡をすることができなかった。 チカさんからの連絡も・・・ナシ。



そして14日、人生最悪のバレンタイン・デーの朝。

母親から手渡された 『コンビニで買ってきましたよ』 が丸わかりのチョコが俺の気分を更に下降させた。 今日という日を心待ちにしていただけに、この状況は却ってイタい。 朝食もそこそこに、俺はいつもよりかなり早く家を出た。勿論朝の電車内で平然とチカさんと対面できる度胸がなかったからだ。 まあ、チカさんも時間をずらしているのかもしれないが・・・。

その日一日、学校内のソワソワとどことなく浮かれた雰囲気の中にいるのは拷問に近かったけれど、勝屋と小谷に責められなかったのが救い。 多分、呆れてたんだろう。
放課後までどうやって過ごしたのかハッキリとした記憶がない。 気が付いたら授業が全部終わってて、勝屋と小谷の厳しい視線を浴びながら学校を後にして、魂抜けちゃったみたいにボーっとしながら電車に乗ってた。 電車の窓の外に流れてく景色も、隣に立ってた乗客も、いや、俺の視界に入ってくるもの全てが灰色だった。

失恋すると色彩まで失っちゃうんだな〜・・・ってボンヤリ考えながら駅の階段を下りてたんだけど。

やっぱりこの人だけは色鮮やかなんだよな・・・

改札外正面の柱の前に立っているチカさんの姿を見て改めて思った。



・・・・・・って。    アレ??



「おかえり」



幻覚?? ・・・でもない、みたいだけど・・・



「なに・・・やってんですか・・・」
「康太の真似。 プチ・ストーカー♪」


「いつ・・・から?」
「えーと、昼過ぎ。」
「昼過ぎっ!? もう夕方ですよ??会社はっ!?」

「午後半休したんだ〜。 で、明日も休み。
 ここのところずーっと休日潰れてたから代休もらった〜♪ 課長にすっごい嫌な顔されたけどねっ。」


って、いや、問題はソコじゃなくてですね・・・。


「なにやってんですか・・・」

「なにってっ!康太が連絡してこないからだろっ!!」


え、ぎゃ、逆ギレ・・・? チカさんの大声に、通行人が驚いて振り返る。 俺は慌ててチカさんを券売機横のスペースに引っ張って行った。

「ああゴメン、今の逆ギレ・・・。」
「あの・・・、チカさん、酔ってます?」

「ちょっとだけ飲んだ。 ほら、いろいろ勢いをつけようと思って・・・。」

よく見ると、コートの襟元からのぞくチカさんの白い首筋がほんのりとピンク色になっていて、目も潤んでいた。 いつもの甘い匂いに混じって微かにアルコールの匂いもする。

勢いって、なんのだろう・・・? ああ、別れようって言う為の勢い?
嫌な考えがポンっと頭に浮かんだきたけれど、それを確認する勇気が俺にはない。


「そうじゃないよ・・・。   康太がそうしたいなら・・・、仕方ないけど・・・。」


情けない俺の表情から考えを読み取ったチカさんがボソリと呟いた。

「したいわけ・・・ないじゃん。」

呟き返した俺の顔をチカさんがじっと見つめる。 すぐ傍を通り過ぎる学校帰りの女子高生達の笑い声はどこまでも陽気だが、俺たちのまわりの空気は息が詰まりそうなくらいシリアスで重い。 いや、マジで苦しい、眩暈がしてきた・・・と思ったら無意識に呼吸を止めていただけだった。 アホか、俺。


「でも俺、言い訳できないことしたよ・・・?」

「・・・・・・キス以上のことも?」
「それはしてないっ!! ・・・けど」
「けど?」

「キスも・・・俺からしたわけじゃない、けど・・・、拒めなかったのは事実だし・・・
 そういう状況っていうか、隙を作っちゃってたのは俺だし・・・。
 謝らなきゃって思ってたんだけど何て言っていいのかわからなくて今日まで引っ張っちゃって・・・」


「でもこうやって来てくれたし・・・」
「信じてくれる?」
「引っ掛かるところがナイとは言わないけど・・・、信じたい」


「許す?」
「・・・うん。もちろん」


苛ついてヘコんでどうしようもない沈没状態だったけど、こうやって顔を見て声を聞いたらもう俺がチカさんを突き放すなんてありえない。できるわけがない。 単純だとは思うけど、どんなことがあっても俺はチカさんと一緒に居たいんだから仕方ない。

ホッとしたようなチカさんの笑顔に煽られて、俺の動悸が急に激しくなってきた。

これ現実だよな? 俺、チカさんと仲直りしてるんだよな?? ああ・・・頭がボワンとして身体が熱くなってきたんですけど・・・  自分の顔が、嬉しくて笑ってんだか泣きそうなんだか困ってんだかよくわからない状態になってるのがわかる。



「ゴメン康太・・・、さっきの嘘。」
「どのぶぶんですかっ!?」



「『康太がそうしたいなら仕方ない』 のトコ。  俺は・・・、康太と別れたくない。」


その言葉に弾かれたように俺はチカさんを引き寄せて、周囲の目も気にせず力一杯抱き締めた。


「ごめん、チカさん・・・。 人が見てるけど・・・、ちょっとこのままでいて?」
「はは。 ホームでキスされたことあるし、これぐらいヘーキ。」

はあ〜・・・、それいつまでネタにされるんだろ・・・。
でもまあ、それでは遠慮なく。 チカさんの香りを思いっきり吸い込んで、背中を撫でて感触を味わう。


「俺、元カレみたいに格好よくないよ?いいの?」
「康太は・・・カワイイからいい・・・」

「大人じゃないから支えてあげらんないよ?」
「癒してくれてるからいい・・・」

「しつこくしちゃうし・・・」
「もう慣れた・・・」

な、慣れた!?  ・・・・・・まあいいけど。
『でも俺・・・』 としつこく(やっぱり・・・)続けようとした俺の言葉はチカさんに遮られた。


「なんでもいいの! 康太ならいいのっ!!」


『康太がいいんだよ』 って駄目押しされてまともな思考が完全に飛んだ。


むこうの方に、抱き合ってキスしてる(←しかも結構深いヤツ)俺たちをマジマジと見てるおばさんがいる。顔を顰めて足早に去っていくおじさんも、指差してる子供も。

でもそんなのは全然気にならない。 もう完全に二人だけの世界・・・・・・


・・・だったら本当によかったんだが。





「こ、こうた・・・、押し付けないでくれるかな・・・」

「んー・・・、どうしよう、今離れるとスゲー恥ずかしい状態をギャラリーに晒すことになりそうなんだけど・・・
 でも、このままくっついてたらおさまるモノもおさまらないし・・・・・・ チカさん、どうしよう・・・。」

「どうしようって言われても・・・」


この前習った数学の公式とか、世界史の教師のハゲ頭とかくだらないこと色々考えて必死になって落ち着けようとしてましたが・・・


揶揄うように耳元で囁かれたチカさんの甘い一言で、俺の努力は全くの無駄になってしまった。

結局、とんでもなく恥ずかしくて歩きにくい状態でその場から移動したんだけど・・・。
まあ俺、幸せポン太だから仕方ないよね・・・♥


ああ〜、今から俺とチカさんのラブラブ・バレンタインの時間が始まるんだなあ〜〜っ!って、アホみたいにニヤつき全開の俺だった。










『康太とチカのバレンタイン』 : 01 02 03




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