ありえないだろっ 01 : 『なくしてからではもう遅い』
親友の明人(あきひと)が事故に遭ったと連絡を受けたのは俺が夕飯を喰っている時だった。
『ヤバイらしい』 という一言で俺は思わず笑ってしまったが、次の瞬間、下らない冗談は止めろと電話口で声を荒げていた。
電話の向こうの相手はまだ何かを言っていたが、俺の耳には殆ど届いていなかったと思う。
ただ、全身の血が一斉に体内を巡り、そして一気に引いていったのはわかった。
わけもわからず慌てて病院に駆けつけると、手術室の前でおばさんが泣いていた。
俺に連絡をくれた明人の兄、真人(まさと)さんも真っ青な顔をして壁に凭れていた。
俺に気付いた真人さんが、おぼつかない足取りで近づいて来てボソボソと力ない声で説明を始める。
「詳しいことはまだよくわからないけど・・・とにかく外傷が酷いらしくて、出血多くて、意識が・・・」
最悪な状況を目の当たりにして俺の脳は混乱したのだろうか、酷い耳鳴りがしたと同時に極端に視野が狭くなった。真人さんの声がどこか遠くの方で響いてる。でも、全く意味がわからない。
心臓を握り潰されるような感覚と、胸元をもの凄い力で押さえつけられるような感覚が一気に襲い掛かってきて、胃の中の物が喉元まで上がってくるのを必死で堪えなくてはならなかった。 全身が小刻みに震え、ガクガクと力の入らなくなった足で何とかその場に立っていられたのは、『明人が死ぬかもしれない』という俺にとって非現実的な事実を、脳が無意識に拒否したからに他ならない。
ありえない、明人が死ぬなんてありえない。
イヤな、夢だ。 早く覚めればいいのに。
明日になったら、明人はまた俺の隣で笑ってる。
いつものように馬鹿な冗談を言って、俺を笑わせているに決まってる。
呪文のように、何度も何度も繰り返し呟いていた。
「誠(まこと)、大丈夫?」
翌朝、無言で食卓についた俺に母親が声を掛けた。
「え、何が?」
「顔、真っ青よ。 今日は・・・、学校なんか行けないわよね。 病院には行けるの?」
「え、だから、何で? ・・・・・・病院って、何?」
「何って、明人君が・・・・・・」
「・・・・・・ああ、明人か」
一夜明けても、俺の悪夢は続いていた。
明人が事故に遭ったのは本当のことで、ちょっとヤバくて、昨夜は顔を見ることさえできなくて・・・
認めたくなくても、全て現実に起こったことだった。
「俺、昨日の帰りにアイツと喧嘩して・・・超つまんないことで・・・
アイツすげー怒ってて、だから、・・・車がそこに・・・きっと気付かなかったんだ・・・」
自分の口から零れてくるのは意味を成さない言葉の羅列。
「どうしよう。 俺、謝ってない。 ・・・きっと、アイツまだ怒ってる」
ダイニングテーブルの上で拳が白くなるほど固く手を握り締めてガタガタと震えだした俺の背中を、母親が無言で擦り続けていた。
当たり前だが、その日はとても学校に行けるような状態ではなかった。情けないことに、母親に支えられて病院の前までは行ったものの結局建物内に入ることすらできず家に戻った。 食べ物は勿論、水さえ喉を通らない。ただじっと、布団の中で丸まっていることしかできなかった。 何も考えたくないと思うのに、明人のことは片時も頭から離れない。次から次へと浮かんでくる最悪な結末を打ち消すのに精一杯になって、たった一日で、俺は精神的にも体力的にも酷く消耗した。
いつもは真面目に勉強しろと口煩く言う母親が、暫く学校を休めと言ってきたのは可笑しかった。それ程俺の状態が酷かったのだと思うが、一人で部屋に居ると不安に押し潰されそうで耐えられそうになかった。何でもいい、とにかく少しでも気を紛らわせたくて、マトモに働いてもいない頭を抱え、重い身体を引き摺りながら翌日からは学校に行った。
明人のことは既に知らされているらしく、俺が教室に入っていくと皆が一斉に黙り込んだ。
誰一人として俺に話し掛けては来ない。目を合わせようとすらしない。
いつもは賑やかな朝の教室の風景が、まるで無声映画のワンシーンのように見えた。俺も無言で席につく。
俺が居るこの小さな教室には人の声がない。
誰かの上履きが床を擦る音、机がずれる耳障りな音は聞こえるのに。
校庭から、廊下から、隣の教室からは人の声が聞こえてくるのに・・・。
明人だって、昨日は笑って話していたんだ。
俺の隣で、俺の肩を叩いて、大声で笑っていたんだ。
授業の内容など勿論頭に入ってこなかった。教師の声は耳を素通りしただけで抜けていく。
しかし、明人が学校を休んでいる間俺にできることと言えば、小さなことだけれど、きちんとノートを取っておくことぐらいで。
だから俺は必死になって黒板の字をノートに書き写していたのだけれど。
「マコちゃん、そんな汚ねえ字じゃ俺読めないよ。もっと綺麗に書いておいてくれなくちゃ。」
「るせっ。あのオヤジ黒板消すの早いから間にあわ・・・・・・ って、 ・・・え?」
ここに居るはずのない男の声がして、俺は驚いて顔を上げた。
適度に日焼けした肌に美しく整った白い歯が際立っている。涼しげな目元にスッと伸びた鼻梁。悔しいけど、男の俺からみても爽やかで格好良くて思わず見惚れてしまう顔。
苦笑いしながら、斜め後ろから俺の顔を覗き込んでいたのは ─────・・・ 明人だった。
明人?なんでコイツがここに?
「全部を写そうとするから間に合わないんだよ。
あのオヤジ、余計なことまで黒板に書くからさ。必要な所だけをちゃんと抜き出してだな・・・」
明人が・・・普通に喋っている。俺に話し掛けている。休み時間に他愛もない話をするような調子で。
じゃあ何故誰もこちらを向かないんだ? 教師も何故注意しない・・・?
「マコ? お〜い、マッコやん??」
目を見開いて固まった俺の目の前で明人がヒラヒラと手を振っている。
─────・・・ 俺はとうとう頭がおかしくなったのか?? そんな・・・バカな・・・・・・
「うわぁああああああああああああああっっ!!!!!!」
突然奇声を発して椅子から転げ落ちた俺を、教師とクラスメイトたちが呆然と見つめていた。
(続く)
※これはあくまでBL話です。明人の交通事故&入院話ではないので、
その辺の描写は軽く、スルーってことで!!
※これはあくまでBL話です。明人の交通事故&入院話ではないので、
その辺の描写は軽く、スルーってことで!!
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