ありえないだろっ 10 : 『お伽噺じゃねえんだよ』 (2)
おれとねてくれ
始め、言葉の意味が普通に理解できず、口元で反芻した。 ────・・・ 寝てくれ?
勿論、今までのように添い寝をしてくれという意味ではないだろう。
そんなの、 『お願い』 されたからと言って 『ハイわかりました』 と即答できるものではない。
申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んでいた明人をスンナリ自室に連れ帰ってきてしまったけれど、考えれば考えるほどオカシな話であって。
明人は一年前に俺に告ったと言っているが(確かにそれらしきことを言われた記憶はあるけど)、それが本気だったとわかったのはついさっきで、それで 『ねてくれ』 はあまりに急な展開というものじゃないだろうか。 第一、俺は明人に恋愛感情なんか持ってないし、そもそも男同士じゃないかという気持ちが根底にあるし。
─── じゃあ、ハッキリ断ればいいだろう? ・・・頭のどこかで声がした。
でも、明人に頼まれると俺は断れないんだ、いつも。
─── いつもの頼み事とはわけが違うじゃないか。
そうなんだけど、『最期の』 とか意味わかんないこと言ってるし。 なんか切実っぽいし。
─── 答えは決められてるのと同じこと? だったら受け入れるしかないんじゃない?
いや、勿論 『NO』 の選択肢も残ってるはずだけど・・・・・・
─── どっちなんだよ。ハッキリしねえな〜。
そんなこと言ったって・・・。
てゆーか、明人は元に戻れるかもしれないんだよな。でも完全に元通りにはならないかもしれなくて。
今はそっちの方をじっくり考えなくちゃいけないような気がするんだけど・・・
ああでも、戻れないかもしれないから 『最期のお願い』 をされてるんだったっけ? じゃあやっぱりソッチを優先して考えるべきなのか??
驚きと動揺と困惑を一度に処理しなくてはならない事態に陥った俺の思考は機能停止寸前。
「マーーコ?」
目の前でパンッと手を打たれて我に返った。
ベット端に座らされていた俺の両膝を割って、床に膝立ちした明人が下肢の間に入り込んでいる。 い、いつの間に・・・??
「大丈夫か?」
「・・・ああ・・・、大丈夫・・・」
「って顔じゃないけどな。」
そりゃ当たり前だ・・・けど、突っ込む気にもなれない。というかハッキリ言ってそこまでの精神的余裕が無い。
「キスしていい?」
「う゛っ・・・」
一々訊くのもどうかと思うが、両手で頬を挟まれたらお決まりのように身体が固まって何も言えなくなった。
それからそっと唇が重ねられて妙な感覚に気付く。 所謂、”既視感”てやつ? した覚えはないんだけど・・・。 そもそもしてたら忘れるワケないし?? この間の夜だって、キスなんかされなかったよな??
「どうした?」
「お前と・・・したこと、ある??」
まさか、ね? の気持ちを込めて確認したのだけれど。 小さく肩を竦めながらペロっと舌を出されて、驚きからなのか怒りからなのか、はたまた呆れからなのか(多分全部だ)、よくわからない嫌な汗が全身から吹き出た。
「いっ、いつだよっ!?」
「いつっていうか・・・、ちょくちょく? お前、俺の前で寝ちゃったりするじゃん?
そういう時たま〜に戴いちゃったり・・・」
「まっ、まいばんいっしょにねてたじゃないかっっ! まさかまいばん・・・っ!?」
思わず声が裏返る。言葉も実にたどたどしい。 信じらんねーー、コイツっ!!
「いや、一緒に寝てた時はしてない。 そこで止まる自信がなかったんで。」
「そういう問題かっ!?」
「ま、こういうのは初めてだし・・・」
は?と思う間もなく再び唇が重ねられた、・・・が、今度は重なるだけで済まなかった。
差し込まれた舌は確かに初めての感触。 生温かいし、うにゃってしてて・・・。 その妙な感触に驚いて接触を避けようと逃げ回る俺の舌を明人の舌が追ってくる。 そちらに意識を集中するあまり一時呼吸を忘れ、酸素不足の脳がグラグラと揺れた。 キスってこんなに苦しいモンだったのか!?
「落ち着いて、ちゃんと鼻で呼吸しろ。」
パニック気味の俺を尻目に、落ち着き払った声で明人が言う。 これが落ち着いていられるであろうか!? 否ッ!!落ち着いていられる方がオカシイよっ!!!
「ん゛ん゛〜〜〜っっ、ぷはっ」
「苦しい? てか、気持ち悪い?」
「ヘ、ヘンな感じ・・・」
「ナメクジみたい?」
「その例え、なんかヤダ・・・・・・けど、そんな感じ。」
「はは、ひっでーの。」
『じゃあさ』、俺の唇を親指でそっと擦りながら明人が笑った。
「頬の力抜いて・・・、緩く口開けて、舌をちょっと出してみて。」
おずおずと言われた通りに舌を出すと、明人が自分の舌先で俺の舌先をつついたり、舌端を辿ったり、緩く吸ったり・・・、くすぐったいような動作を繰り返す。 次第にその刺激に慣れてきて大人しくされるがままになっていると、明人の舌が少しずつ奥に入ってくるのがわかった。
口蓋を舌先で擦られてむず痒い。 ジワリと口内に滲み出た唾液を飲み込んだ時、こくり・・・とやけに大きく喉が鳴った。
なんだか頭がぼーっとする・・・。
初めての濃いキスに気を取られているうちに、明人の手が俺の服の中に進入して肌を撫で始めていた。 これもくすぐったいし、なんだか色んなところがムズムズする・・・。 けど、ちょっと気持ちいいかも。
触れられた部分がジワっと温かくなって、そこから全身に広がっていく感じ。
自分でも意識しないうちに息が弾んでた。
「・・・・なんか、違う」
「なにが?」
「この前と・・・触り方が・・違う」
「そりゃ違うだろ。 この前は『処理してやるよ』的なこと言っちゃったしさ
ただ手を動かすだけに徹してました。 今日とは全然違うよ。」
「そ、そうか・・・」
「気持ち悪くない? 平気?」
何度目かの確認である。
この先どんなことをされるのかわからないという部分での恐さはあるし、男が男にこんなことをしている不可解さも拭えていないが、今日は触られていること自体に嫌悪感を抱いてはいない。寧ろ気持ちいいと思う。 だから余計に頭は混乱しているのだ。
「マコ・・・、そんな顔されたらできないよ。」
”この世の終わり” みたいな悲愴な顔でもしてるんだろう。目の前にあった明人の顔が、俺の気分を映すように苦しげに歪んだ。 声音も俺以上に困惑している。
「・・・ごめ・・ん」
「謝られるのも困るんだけど・・・」
「・・ん・・・。ごめん。」
「やっぱり・・・気持ち悪い? 俺とじゃイヤ?」
「そうじゃなくて・・・ 明人がイヤだとか、気持ち悪いとかじゃなくて・・・」
それ以上言葉は続けられなかったが、明人に触られることが嫌なわけじゃなかった。それだけはハッキリしていた。 ただ、明人から与えられる刺激に的確に反応する自分の身体に思考や感情が追いついていかない。 物理的な刺激に反応するのも快楽に弱いのも普通に男の生理なんだろうけど、今まで自分は割とそういうことに抑えの利く男だと思っていた。それなのに明人に触られて簡単に気持ち良くなってしまうのが物凄くショックだし、どうしてこんなことになっているのか完全に理解できていないうちに先に進んでしまうのはやっぱり恐い。
結局、明人の腕を掴み、俺は黙って俯いたまま固まってしまった。
どのくらいそのままでいたのかわからないが、俺の気持ちがある程度落ち着くのを待っていたであろう明人が、俺の両手をそっと外しながら柔らかく微笑んだ。
「じゃあさ、この続きは俺が復活したらってことで、いい?」
「なんだよ、それ。 これって、最期のお願いじゃないのかよ・・・。 それじゃ趣旨変わっちゃうじゃん。」
「ま、それは横に置いといてですね。」
「置いとけるか。」
「いやー・・・、『最期』って言えばお前が断れないことわかってて頼んだんだよね。
ズルイ手使ってヤッちゃおうと思ってたんだ、ぶっちゃけてしまうと。」
「・・・やっ、やめろよそういう言い方。 てか、ぶっちゃけすぎだよ・・・。」
「ブルブル震えながら 『恐くて堪りません』 みたいな顔されるとさすがに良心が咎めるね。
無理矢理押さえ込めるほど鬼畜じゃありませんでした、ワタクシ。」
つまり今はこの奇妙な行為を中断してくれると言っているのだが、それじゃ何の解決にもならないような・・・? いや、勿論続行しても何も解決しないんだけど、なんとなく素直に飲み込めない。
「・・・・・・でも、意識戻るかわかんないって、それは本当のことなんだろ?」
「ん、それは本当だけど。」
「だったら・・・」
「まあ、大丈夫なんじゃねえの?」
「・・・・・・・・・。」
「だーいじょうぶ、ちゃんと戻って来れるって。 なんてったって、俺じゃん?」
明人がおどけた調子で続けながら俺の肩をポンポンと叩く。 動揺する俺を宥める為にしてくれてるのはわかるけど、とてもそれに同調できる気分じゃなくて。 それどころか却って不安が膨れ上がり、耐え切れなくなった俺は、気付くと明人を困らせるだけであろう言葉を零していた。
「嫌だ・・・」
「・・・マコ?」
「戻んなくてもいいじゃん!このまま俺んトコにくっついて居ればいいじゃん! 俺、平気だよ??
寝る時も病院戻れなんて言わないしベッドが狭いなんて言わない!
一人になりたいなんて、もう絶対、言ったり・・しないから・・・・・・」
「マコ・・・・・・」
このままの状態でいいはずがないし、元に戻ろうとする明人を止める権利は俺にはない。そんなことは頭ではわかっている。 ただ、自分勝手な言い分だとはわかっていても溢れてくる言葉を堰き止めることができなかった。
だって・・・、俺の隣から明人の存在がなくなるのは耐えられない。 その可能性を考えるだけでも恐い。
今この場で、明人の腕を離して行かせてしまうのが恐い。
『いやだ、いやだ・・・ このまま会えなくなるなんていやだ。』
何度も何度も首を振って、震えながら明人の腕にしがみついていた。
「大丈夫だから。ちゃんと戻って来れるから。 心配しなくていい。・・・な?」
明人は泣きじゃくる俺の頭や頬を撫でて、額や瞼に優しいキスを繰り返す。
我侭なことを言ってちゃいけない。困らせちゃいけない。それはわかるけど。 明人がもし居なくなってしまったら・・・、そう考えると俺はどうしていいのかわからない。身体が竦んで右にも左にも動けなくなる。
「絶対マコの傍に戻ってくるよ。約束する。」
「でもっ・・・・・・」
確証もないのに。 そんな危険なことして欲しくない・・・。 そう続けようとした言葉は明人の唇に飲み込まれてしまった。
頭を抱え込まれ、押し付けられた唇から爆ぜるような音が響いて。 貪るって感じのキスだった。
さっきまでされてたのが生温いと思えるほど激しいものだったけど、驚く暇も、怖気を感じてる暇もなくて。 縦横無尽に口腔内を動き回る明人の舌に必死に応えようとして夢中で自分の舌を動かした。
明人を実感したくて、繋ぎとめておきたくて。 ただその一心で。
でも、息が上がって頭の中が真っ白になりかけた瞬間に唇はアッサリ離れていった。
「でさ、ちゃんと戻って来れたらさ、っつーかぜってー戻って来るけど、
今度はマコから俺にこういうキスしてよ。 な? んで、さっきの続きもすんの。 これ、約束ね!!」
キスの余韻なんて味わってる場合じゃないのはわかるけどさ・・・。
『なーんか、戻ってくるの超楽しみかも、俺。』 なんて相変わらず暴走気味なことを言いながら満面の笑みを浮かべてる。 部屋に充満していた重苦しい空気に凡そ不似合いなその言葉と笑顔につられて、俺の顔もまた泣いてるんだか笑ってるんだか判別できないくらいに大きく歪んだ。
大人しく、信じて待っていればいいのかな・・・。
さっきまで散々駄々を捏ねていたくせに、素直にそう思えてしまったのには自分でも呆れる。
でも仕方ないんだ。これが昔から変わらない明人の特技だから。 滅茶苦茶不安になっている時も、根拠のないことを明るく断言して俺に信じ込ませる。 上手く丸め込まれているのはわかっているのに、俺は結局これで安心させられる。
「・・・早くしないと・・・俺、忘れるよ?そのヘンな約束・・・」
「ソッコーで戻って来るっての。 大人しく待っとけ!!」
ビシッと俺を指差して、 『じゃ、ちょっと行って来る!』 そう軽く言い放つと、俺が引き止める間もなくやたら爽やかに部屋を出て行った。
ほんとに、呆気なさ過ぎて笑える・・・。
明人の場面切替の速さというか強引さについていけないのはいつものことだが。
こんな風に一人残して行くなってさっきも言ったばかりなのに、全然わかってないんだから。 これじゃ、ぐるぐる考え込んで泣き喚いてた俺が馬鹿みたいじゃないか。
自分だって恐くないわけないだろうに。不安だろうに。
思い切りがいいんだか、深く考えてないだけなんだか・・・ よくわかんないよ。
「でも大丈夫。明人はちゃんと戻ってくる。 絶対、俺の所に戻ってくる。」
泣きすぎて掠れてしまった声で、言い聞かせるように何度も何度も繰り返していたのだけれど。
明人の容態が急変したと連絡を受けたのは、その日の真夜中のことだった。
(続く)
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