ありえないだろっ 04 : 『眠れる森の大馬鹿者』 (1)



放課後の教室。 俺の目の前で女が泣いている。


顎下辺りで緩く巻かれた栗色の髪が、嗚咽に合わせて小刻みに揺れる。
涙で濡れた長い睫毛。 柔らかそうな唇をきゅっと噛み締めて・・・。

栗原マキ。 いつ見ても可愛い子だ。

実は事故の日の、俺と明人の喧嘩の原因はこの栗原だった。 厳密に言うと栗原を含むその他数人の女の子が原因なのだが・・・。



ピーピー、ピピ、ヒューーールルル〜〜


「止めろ、そのヘタくそな口笛。」

「え・・・?」
「ああ、ごめんごめん、何でもない。
 やっぱりちょっと疲れてるのかなぁ? 幻聴が聞こえるんだ、たまに。」


焦る俺を見て大笑いを始めた明人。 いや、バカ笑いか。 何故これが周りに聞こえないんだろう!?
考えても仕方のないことをまた悩む俺・・・。


「ゴメンね・・・私が泣いてたって明人君がよくなるわけじゃないのに・・・
 そうだよね、岡野君の方がツラいよね・・・・・・。」

「いやぁー・・・、まあ、アイツがこんな状態になったのはショックだけど・・・・
 俺はそんなに心配はしてないというか・・・・・・。」


俺の言葉に栗原が怪訝そうな顔をした。 『薄情な・・・』の思いがハッキリと顔に表れている。
栗原の斜め後ろで明人も顔を顰めている・・・・・・が無視だ、無視!


「ほら、アイツしぶといし。絶対死んだりなんかしないと思うし。
 すぐに意識戻って、復活してくるよ。うん。 だから栗原もあんまり心配すんなよ・・・。」


栗原の目から、また大量の涙が零れ出た。 多分・・・俺のこの言葉はただの強がりにしか聞こえなかったんだろう。親友の悲惨な現状を受け入れられないで精一杯明るく振舞う気の毒な岡野君、ああ可哀想・・・てとこ? あー、マジでカンベンして。
俺だって心配してないわけじゃない。でも、明人の前で明人を気遣う言葉なんか吐けるわけないじゃないか・・・。
栗原に気付かれないよう、俺は小さく溜息を吐いた。




事故から十日以上経ったが、相変わらず明人は病院で眠り続けていた。 本当に、『眠っている』という表現が当てはまる。 繰り返し行われた様々な検査でも、数箇所の骨折と派手な外傷の他は脳にも内臓にもこれといった損傷や異常は見当たらなかったらしい。呼吸も脈も正常。ただ目を覚まさないだけ。 『危険な状態』でなくなったのはいいのだが、これには担当の医師も困惑気味で、『様子を見ましょう』を繰り返すだけだった。

俺は一応毎日病院へと行っている。本当は家族のみしか面会を許されていないが、俺は特別に許可されている。 それが俺にとっていいのか悪いのかわからない。おばさんがやつれた顔で明人に話しかけているのを見るのもつらいし、真人さんが明人の手を擦り続けるのを見るのもつらい。俺自身、目の前で眠り続ける明人と、俺の後ろで呑気に欠伸をしている明人の存在の折り合いが未だについていない。

学校の友人達がひっきりなしに明人の状態を訊きにやってくるようになったのもちょっとキツイ。俺しか知らないのだから仕方ないけれど、一日に何度も『大丈夫だから』を繰り返さなくてはならないこっちの身にもなって欲しい。俺にだってどうなるかなんてわからないし、完全に不安がなくなったわけでもないんだし。
栗原のように目の前で泣き出されるのも非常に困る。 それも栗原だけじゃないんだ。何人もいるんだ、そういう女が。 そんな時、明人は大抵傍で知らん顔。無関係って顔してやがる。 明人に好意を持っている女を慰める時の何とも言えない嫌な気分・・・、コイツにわかるだろうか!?




「溜息ばっかり吐いてると幸せ逃げるよ?」


風呂から上がり、自室に戻って一息ついた時に明人が言った。  お前が言うなっての。


「溜息吐きたくもなるよ。 何で俺がお前の女たちを連日慰めなきゃならないんだ・・・。」
「俺の女じゃねえ。 ヘンな言い方すんな。」
「お前のことを好きな女たちだろ。 付き合ってようが付き合ってなかろうが俺には大差ない。
 とにかく、泣かれんのはもうウンザリだよ・・・。」
「無視してりゃいいじゃん。」


そんなことができるはずはない・・・けど、冷たく言い放たれると俺もそれ以上突っ込めない。このまま言い合ってたら、あの日みたいな喧嘩になるのがわかりきっていたから。
明人は意外と女に素っ気ない。 昔からよくモテていて、遊びまくっていた時期もある。特に高校に入学したての頃は酷かった。来る者拒まずで取っ替え引っ替え。大モメしたことはないみたいだけど、そんな明人の行状を良く思わないヤツもいて、頼まれもしないのに俺必死でフォローして廻ってた。余計なことしなくていいって明人には怒られたけど、親友が悪く言われるのってやっぱり嫌だったから。
最近の明人はその頃とは正反対。普段どの女にもニコやか且つ爽やかに対応しているけれど、いざ言い寄ってくると凄く適当に遇う。
栗原が明人のことをずっと好きだったのは結構知られていたことで、明人も満更ではないような感じだった。優しくしていたように俺には見えてたんだ。 でもあの喧嘩の日、『栗原はウザイし迷惑』って俺に言った。 だから俺腹が立って言ったんだ。 『だったら最初から気を持たせるようなことするな』って。 そしたら明人もスゲー怒って・・・。


「何考え込んでんの?」
「別に・・・・・・。 俺だって考えることぐらいあるよ。」
「あ、隠し事!? マコに隠し事されるとショックなんだよなあ、俺。」
「そんなこと言われたって・・・俺だって色々・・・
 てか、何でお前は毎日俺の後について廻ってんの? せめて夜ぐらい病院に戻るとかさぁ・・・」
「病院戻ったってつまんないじゃん。 誰にも俺のこと見えてないんだし。
 マコに貼り付いてた方が楽しいもん♪」
「一人になりたい時もあんだよ。」

「ああ・・・・・・。若者だもんね〜。」
「バカじゃねえの、お前! そういうこと言ってんじゃねえだろうよ!!」


とうとう我慢できなくなって、俺は明人を怒鳴りつけた。
本当に腹が立つ。 確かにここ最近、自慰的行為は全くしていない。けど、明人がこんな状態になっているのに、そんな気など起こるはずがないではないか! どうしてそれがわからないんだ、コイツは!?


「いつになったら全部元に戻るんだろ・・・。 ちゃんと戻るのかな・・・?」
「考えても仕方なくね?」
「お前はノーテンキだし・・・」
「一生懸命そう振舞ってるんです〜」


それ以上何を言っても無駄なような気がして、俺はまたデカい溜息を吐きつつベッドに潜り込んだ。 明人が当然のように俺の後に続く。
これも今一納得できない状況なんだよな・・・。 狭いシングルベッドで、どうして毎晩明人と並んで寝なきゃならないんだろう??
ボソりと零した俺の独り言を明人が聞き咎める。


「俺に床で寝ろっての?」
「・・・そうじゃないけどさ。 お前眠くならないって言ってたよな?
 俺が寝てる時はどうしてんの? ここに居ても意味なくない?つまんなくない?」
「マコの寝顔を見てますから。」
「キモイこと言うなよ・・・・・・」

「そう言いながら、お前俺のこと湯たんぽ代わりにしてるじゃん。」
「そ、それは・・・・・・」


その通りなのであった。 寝入る時は明人に背を向けているものの、朝方になるとちゃんと明人の方を向いている。 向いているだけならまだいい。ピッタリ隙間なくくっついて・・・キモイことに腕枕などされているのである。 朝、明人の首筋に顔を埋めて寝ている自分に気が付いた時は腰を抜かしそうになった。 寝てる最中に寄ってきたら蹴り飛ばしてくれとあれから何度も頼んでいるのに、気持ちよさそうに寝ているから無理だと撥ね退けられる。 いや、確かに気持ちよく寝てますけど・・・・・・。 認めたくはないが、こんなに狭苦しい状態で寝ているにも拘らずメチャクチャ快眠で目覚めもスッキリなのだ。 寧ろ一人で寝ていた時よりもずっと。 人肌効果なんでしょうか!?
明人にしてみれば男を腕に抱いて(この表現ヤだなぁ・・・)朝を迎えても嬉しくないだろうに。きっと毎晩我慢してくれてるんだ・・・。
脳天気な言動が多いけど、女タラシなんだか冷たいんだかよくわかんなくなっちゃったけど、そういう優しさだけは昔から全然変わってない。


「とにかく、今日こそは寄ってきたら蹴り飛ばせよ!?」


強く言い置いて、俺は眠りについた。





(続く)
もう時間の問題・・・?(何が)





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