ありえないだろっ 08 : 『それでも、どうしても、君のそばに』 (2)



ワケがわからないまま木下と別れて、その足で病院に向かった。 病室に入ると、いつものようにベッドの傍らに真人さんとおばさん。横たわっている明人の向こう側の窓辺にもう一人の明人。奇妙としか言い様がないこの光景に違和感は覚えつつも慣れてきたような。 本当はそれじゃいけないのに。
俺と入れ違いに病室から出て行った明人の後を追い、廊下で呼び止めた。傍にいた数人の見舞い客や看護師たちが不思議そうな顔で見ていたが、そんなことは構っていられない。 一言部屋で待てと告げた俺を、明人はただ黙って見つめていた。






「近寄るな、じゃなかったのか。」

俺が自室に戻って一息吐く間もなく明人が言った。 どうでもよさそうな顔にどうでもよさそうな声。子供の頃から仲直りをする時は大抵こんな感じだった。俺が明人に謝ろうと声を掛けた時、明人は必ず『何の用だ』と訊ねる。用件などわかりきっているだろうに、駄目押しでもするかのように一度俺を突き放す。しかし、泣き出しそうになるのを懸命に堪えて俺が謝罪の言葉を口にすると、直ぐに破顔して俺を許す。喧嘩の原因など突き詰めたりしない。まるで何事もなかったかのように、口をきかなかった数日間などなかったかのように何の蟠りもなくスンナリと俺を受け入れる。

今回ばかりは・・・・・・そうはならないだろうけど。


「今日、駅で木下に遭った。
 お前の事故のこと知って、心配して会いに来てくれて・・・色々話した。」

それまで無表情だった明人の顔が途端に険しくなった。 問い返す声も低くて重い。

「だから?」
「『だから?』じゃねえだろ!? お前、トボけんなよ!!」
「木下から何聞いたか知らねえけど、俺は何もしてねえよ?」

確かにそう言えるかもしれない。 明人は、自分がやると言ったことを実行しなかった、、、、、のだから。


「ああ、悪ィ。『何も』じゃねえや。 式の日の木下からのメール、お前が見る前に消した。
 お前いつも鞄に携帯入れたままだから意外と簡単だった。余計なメールのチェックも削除も。
 あの日、俺がずっとお前の携帯持ってたのも気付かなかっただろ?」


衝撃的な事実を聞かされたということになるんだろうが、この時の俺の心理状況を表すとすれば腹が立ったとか驚いたとかいうよりまず”腑に落ちた”の方が近い。 今日の木下との会話と明人のこの言葉で少なくとも事の経緯はハッキリしたから。
わからないのは、その”理由”。 知りたいのは、”何を”したかよりも”何故”の方。

『だからなんだ』とでも言いた気に、不遜な表情をしている明人を見ながら俺は首を捻った。




+ + + + +




「中3の夏頃かな、マコっていいな〜ってアキに言ったことがあって・・・。」

駅近くの公園に場所を移し、ベンチに並んで座って落ち着く間もなく木下が話し始めた。

「でも・・・告ったりしたらマコは絶対受験勉強に集中できなくなるから、
 伝えるのは高校合格してからか卒業の時にしろってアキに言われた。」

なんだよそれは! どんだけガキ扱いすりゃ気が済むんだ!?俺の保護者のつもりだったのか??
侮辱ともとれる明人の言葉に、怒りやら悔しさやらの感情が綯い交ぜになって一瞬ぶわりと膨れ上がった。 が、次の瞬間それは呆気なく萎んだ。 そんなことはない!と自分は強く言い切れない。 木下は俺が初めてちゃんと好きになった子だ。 あの時、告白なんてされていたら舞い上がって勉強も手につかなくなったかもしれない・・・。 その辺が自覚している俺の駄目なところで。
自分の不甲斐なさを再認識してまた項垂れた。

「だからあたし、卒業式の日に告ろうって思ってたんだ。
 フラれても、次の日から会わないなら平気かなぁ〜って思ったし。
 で、式の日にメール送ったんだよ、マコに。 『話があるから打ち上げの後会って下さい』って。」

「届いて・・・ないよ。そのメール・・・」
「マジでぇ? ちゃんとメアドも確認したし、送信完了も確認したけどなぁ・・・」


「じゃあマコは? 何であたしにフラれたと思ったの?」

「俺は・・・」

俺が木下のことを好きだったことは明人も知っていて、伝えないのかとは言われていた。でも俺はそういう類のことに全く慣れていなくて恥ずかしくてずっと躊躇っていたのだが、卒業直前になって、絶対告白するべきだと明人に煽られて一応その気になった。


「俺も・・・告ろうと思ったんだ、卒業式の日に。
 でもさ・・・、木下と比べるとスッゲー情けないんだけど・・・俺、呼び出すのさえ恐くって、迷ってて・・・」

「それでアキに頼んだ?」
「頼んだというか・・・。  呼び出すだけはしてやるからその後は自分でちゃんと告れって言われた。」

「呼び出されてないよ?あたし。」


明人が木下と俺の両方の気持ちを始めから知っていながら黙っていたとしてもおかしくはない。他人の気持ちを勝手に伝えるわけにはいかないんだし、それは納得できる。
でもこれは・・・、俺をけしかけておきながら態々それを潰すような真似をしたということで。

傍で観察していて面白がっていたんだろうか? それは・・・楽しかっただろうか?

確かに自分で木下を呼び出す勇気もなく他人に頼った俺も悪い。 男として情けない。でも・・・・・・、

木下とのことも、・・・・・・この前の夜のことも、
明人がやったことはもう冗談の域を越えている。 はっきり言ってイジメに近い。


そこまでされるほど、俺は明人に嫌われているということなのだろうか??




+ + + + +




「で? あん時両思いだったことが発覚して 『今から付き合いましょう』ってことにでもなったか?」
「そんな話してんじゃねえだろ!?」
「じゃあ何だ。」

「何でお前がそんなことしたのかが知りたいんだよ!!」
「そりゃ、邪魔したかったからだろ。」

「だから・・どうして・・・? 俺を揶揄うのが・・・そんなに楽しいか? 俺のことがそんなに・・・」
「揶揄ってねえよ。」

苛立ちを滲ませながら面倒くさそうに次々と言葉が返される。 駄目だ。全然話が噛み合わない。
遣る瀬無い気分になって思わず溜息を吐いた時明人が一段声音を上げた。


「俺は、お前を揶揄おうとしたことなんて今までに一度もねえんだよ!!
 どうしてお前は、俺の言葉や行動を全部冗談で済ませようとする??」


言われていることの意味が飲み込めず呆然とする俺の目の前に立ち、腰を少し屈めるようにして目線を合わせると、今度はまるで小さな子供を諭すかのような口調で付け加えた。


「俺が何をしたいか、伝えたことはあるだろう? そんなことはもう思い出したくもないか?」




明人が指し示しているであろう出来事が一つだけ思い当たる。
決して忘れたわけでも、思い出したくなかったわけでもない。 ただ・・・


「・・・だって、あれは」

冗談だと・・・思ってた。


一年以上前のあの日、待ち合わせ場所に木下が来なくて、暗く沈んで一人歩いていた帰り道。
自宅近くの道端で明人が俺を待っていた。


『木下なんかすぐに忘れさせてやるから、大事にするから・・・ 俺と付き合えよ、マコ 』


俺の顔を見るなり抱き締めてきてそう言った。

よくわからない慰め方だと思った。 こんな時にまた揶揄って・・・、と腹も立った。
でもちょっと嬉しくて、嬉しいと思う自分がまた可笑しくて。 色んな感情がごちゃ混ぜになって、なんて返せばいいのかわからなくなってしまった。

だから俺は ─────・・・ 笑って、それを流した。



「結局お前は、俺とのことは全て、無かった事にしたいんだよな?」


違う。 そんなこと・・・ 俺は一言も言ってない。 どうしてそうなる? 意味がわからない。
否定と疑問で頭が満ちる。吐き出したいのに思うように声が出てこない。



『もう、それでいいよ。』 ・・・小さく呟いて、明人は部屋を出て行った。





(続く)
アキ逆ギレ





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