『ネザーランドドワーフ』 06
『もう部屋には行けなくなる』
そう言われたのは、小杉君との変則的な生活を始めてからひと月ちょっと経った頃である。
それが、決定的な状況を作らない俺への投げ掛けだったのはわかる。 自分主導で物事を進めるのが苦手な彼からの精一杯の投げ掛け。
『応援してるよ』
軽く躱した俺に向けた彼の憂いを帯びた瞳は、今思い出すだけでも気分が高揚する。 (真性S・・・)
あの時、平静を装っていた俺が内心何を考えていたのかなど彼には想像もつかないだろう。
逃がしてやる気など更々ない、が・・・、女が男と寝るのとはワケが違う。それ相応の覚悟をして貰わねば困る。
俺への淡い恋心などでは弱い。 もっと強烈に俺を求めさせて ───・・・
とは思いつつ、あんな好機をみすみす逃せるはずもなく、俺は実食の手筈を速攻整えた。
食す相手の為に事前にそれなりの演出やセッティングをしようなどと考えたのは、そんなことしか頭になかったヒマな大学時代以来のことだ。
ああ・・・、あの日はどういうわけか殺人的に忙しくて近くに居たボケ面の前野を何度も殴り飛ばしてやろうかと思った (実際俺の忙しさに前野は関係ないが)。 望んでいたシャンパンが店頭になくて、思わずその場の陳列棚を蹴り倒したくもなった。 (無茶苦茶) それだけ気が逸っていた。
しかし・・・ そんな労苦は彼の至極の味わいが一瞬にして消し去ってしまった。
さすがに土壇場ではビビリ倒されたが、俺を受け入れようとしてくれた時のいじらしさといったら・・・
愛らしい唇から零れる吐息の甘さといったら・・・
羞恥と快楽で朱に染まった彼の滑らかな肌、切な気に歪めた顔の艶かしさといったら・・・
今までに抱いたどの ───・・・
「社長・・・、八神社長、 しゃちょー!」
ああマズい。 会議中だった。
「ん? ああー・・・、Fサプライの、SE派遣の件だったか?
もう話は通してあるから、アポ取ってみて。 人事の方じゃなくてね、開発営業部の方に。」
俺の様子を窺っていた面々が一斉に目を丸くした。
Fサプライは、今までアポどころか電話すら繋げて貰えなかったようなデカい相手なのだから、この反応は妥当である。
「話を通したって・・・、向こうの開発の方に直接ですか?」
「いや、違う。上のオッサン。」
「オッサ・・・」
「うん、社長。 とにかくウチを受け入れてくれる気はあるらしいから、接触してみて。
以上。 はい、会議おしまい。」
俺の掛け声を合図にその場にいた者たちがおずおずと席を立った、が、斜め前の席で顔を顰めていた前野はそのまま動こうとしない。
「八神・・・」
さあ、『会議中に何を考えてた?』 で始まるか?
「Fサプライの社長といつ知り合った?」
なんだ。小言じゃないのか。
「前から知ってるよ。 共通の知り合いがいるんでね、プライベートで何度か酒に付き合った。
見た目は美しくないが飲んでみると気はいいぞ、あのバーコード親父。」
「バーコードて・・・」
「仕事してるだろ、俺?」
「うん。 さっきの会議中に妙なこと考えてたのを帳消しにしてやってもいい。」
「妙なことなんか考えてない。」
「嘘つけ。顔がヨコシマだった。 てか、お前何やってんだ?」
「小杉君にメール♪」
「メールて!仕事中に携帯でメールて!! コウコウセイか、お前は・・・」
「いちいち煩いよ、前野。 用がないなら部屋に戻れ。
あ、佐藤さん(←秘書的なひと)、今日俺、夜空いてるよね?」
鬱陶しく話を続けようとする前野を無視して俺も席を立った。
(続く)
社長、仕事して・・・
社長、仕事して・・・
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