続・味見してみる? 05
その日は夜半過ぎから雨が降り始め、いつにも増して客足が鈍かった。
商品の店着時間でもないしフェイスアップも済んでるし (そもそも商品そんなに減ってないし)であまりに所作がないので飲料補填の為にバックヤードに下がろうとしたのだが、相方 (よくシフトが重なる男) が慌てて俺を呼び止めた。
「小杉っ!ダメダメ!お前はここに居てくれなくちゃ。 店長から指令が下ってんだから。」
「へ? でも、飲料の補填を・・・」
「俺がやるって。 小杉がレジに居ないと客が減るんだよ。」
「は?なんで? てか、この天気と時間じゃ客なんて殆ど入ってこないだろ?」
「小杉が居ないともっと減るんだってば。」
「だからなんで???」
顔を見合わせる男二人。 ソイツが呆れたみたいに苦笑いする。
「自覚がないところがスゴイよね・・・。」
「はあ?」
言ってる意味がわかんない。
第一、俺がレジに立ってたって来なくなる客だっているじゃないか・・・
あんなに肉まん命だったクセにさ。 あんなに・・・通い詰めてたクセにさ。
そう、実は八神さんがパッタリと姿を現さなくなったのだ。 確か今日で10日目。
彼もとうとう肉まんに飽きたんだろう。 あれだけ食い続けてりゃ当たり前だけど。
ま、常連客一人顔を見せなくなったぐらい俺にとって大した問題じゃないさ。
どうしたのかな?ってちょっと思うぐらいで。 ・・・ほんのすこーーしだけ気になるぐらいで。
スッキリしない気分の時に雨が降ると最悪だ。湿った匂いに自分が包まれる感じがして更に滅入る。
雪にでも変わってくれればまだ気も晴れるのに・・・。 物憂い雨は大嫌いだが、雪は割と好きだ。 この辺りでは滅多に降らないから珍しいだけだろうけど。 雪が積れば新雪に足跡つけて帰れるのに・・・なんてくだらないことを考えて気を逸らそうとしてみたが、思考がどうしても同じ場所に行き着いてしまう。
やっぱり今日も来ないのかな・・・?
「こんな時間に・・・もう来るわけないよなぁ」
午前5時、20分前を指している壁掛け時計を眺めながらポツりと零した時、来店ベルと共に八神さんが現れた。
店外の暗闇の中から光の中へ、ロングコートの裾を翻しながら颯爽と飛び込んでくる姿はやっぱり男の目から見ても格好良い。 俺じゃなくたって・・・、心臓が跳ね上がるのは当たり前だと思う。
レジ内に立っている俺にニコリとしてからいつものビールを取りに飲料コーナーへ直行。
俺の視線は、10日ぶりの八神さんに釘付けだった。
もう朝だし、スーツじゃないし、今日は会社帰りじゃないんだよな・・・。
タバコ・・・切らしたから仕方なく店に来たのかな? 自販機はまだ販売停止中だもんな。
「海外出張でした。」
レジ台にビールを置いて、いつもの注文をする前に一言。
そんな報告されても 『お疲れ様でした』 ぐらいしか俺には返せないよ・・・とは思いつつ、何となく胸が軽くなったのには気付かないフリをする。 でも八神さんは俺の心中を見透かしたような質問をしてくる。
「寂しかった?」
「別に・・・」
「俺は寂しかったよ。 恋しくて恋しくて、ずっと考えてた。」
「・・・」
「夢にまで出てきた」
唇は笑みの形をとっているけど、俺を見つめる彼の視線は思いの外強くて目が逸らせない。 俺は、バーコードリーダーを握り締めたまま固まってしまった。
え、えー・・・と、
早朝のコンビニで(しかもレジ前で)いきなりの愛の告白はいかがなものでしょうか・・・??
「ここの肉まん。」
「・・・あ、ああそうですか。」
「もちろん小杉君のことも♪」
「”ついで”みたいに言ってくれなくていいです。」
俺は”付属”かよっ(怒)
明らかにムッとしているだろう俺の顔を見て、揶揄うように八神さんがクスクス笑う。
その笑顔に・・・不覚にも3秒は見惚れた。 勝手に胸の辺りがギュウってなって、なんか物凄く悔しい。
「肉まんは・・・召し上がらないんですか?」
「実は昨日さ、小杉君が入る少し前だと思うけど出張帰りに一度来たんだよね。
その時に肉まんは買いました。」
はは、全然飽きてないんだ・・・肉まん。 よかった・・・・・・ って、なんで 『よかった』 なのか自分でもわかんないけど。
ホッとしてしまった表情を隠したくて俯いていた俺の顔を八神さんがワザワザ覗き込んでくるから、焦りと羞恥でやたらと頬が熱くなった。 てか、近いっす、顔。
「もうすぐ上がりだよね?」
「? そうですけど・・・」
「じゃあこの前の自販機の前で待ってるね。」
「は?」
「俺が凍えちゃう前に来てね。」
「え!? ちょ・・ヤガ ──・・・ 」
俺が返事をする間もなく、引き止める間もなく、素早く踵を返して八神さんは店を出て行った。
レジ台から身を乗り出してマヌケに固まる俺。 驚愕と好奇が混ざった相方の視線が実にイタい。
どこまでマイペースなんだよ、あの人は・・・
それからの15分間、俺は完全に挙動不審者だった。
何度も同じ商品のバーコードを読もうとして相方に止められ、おでんの具を追加しようと手に取った菜箸で鍋を無意識にグルグル掻き回していてまた相方に止められた。 人生初デート前夜の中学生でもこんなにソワソワしないだろうというくらい、心ココにあらずな感じだった。
『みぞれが混じってきた』 ・・・店に入ってきた客の溜息交じりの一言で身が竦む。
ああ、俺の所為であの人凍えちゃってたらどうしよう・・・??
レジ内を忙しなく往復し始めたのを見かねた相方がバックに下がれと言った時ちょうど5時になり、入れ替わりのバイトが着替え終わるのも待たず、就寝前のおやつを買い、大急ぎでタイムカードを押して店を出た。
傘を叩く雨粒の音が頭上で響くほどに雨脚は強い。 吐く息の白さは空気の冷たさを強調している。
自販機の横で所在無さ気に佇む長身を見つけてホッとして・・・、そして切なくなった。
傘を握るあの人の手は、今痛いくらいに冷たくなっているに違いない。 こんな寒い中、なんのために俺を待ってたの・・・
「お疲れ様。」
近づいた俺に気付いて向けられた笑みと労いの言葉はとても温かかった。 やっぱりまた訳もなく胸が詰まって、俺は無言で手に持っていたコンビニ袋を彼に突き出した。
「・・・なに?」
「カレーまん・・・です。 これも・・・おススメなので・・・・・・」
まともに顔を見てなくても、八神さんが目を見開いているのがわかる。
「あっ、、、あじみはやめてくださいごじぶんでたべてくださいっっ」
一人焦って捲くし立てた俺に、今度は困ったように眉を下げた。 なんでもいいから早く・・・、早くなにか言って下さい・・・
「小杉君ってさ・・・」
カレーまんを受け取りながらの盛大な溜息。
ああ、やっぱり余計なコトだったよな。 そんなことも判断できないほど、俺は浮かれてたのか・・・
そう思った瞬間、堪えきれないとでも言うように八神さんが大声で笑い出した。
(続く)
実は、小杉は見た目が可愛いらしい(さっき決めた)
実は、小杉は見た目が可愛いらしい(さっき決めた)
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