続・味見してみる? 06



大人になってから贈られる 『いい子だなあ』 は果たして褒め言葉か、ただの揶揄いか。

まあ大抵の人間は後者だと思うだろう。 ・・・・・・多分、今の俺を除いて。


カレーまんを手渡して思いっきり笑われた直後、身体の芯から凍えさせるようなみぞれ混じりの冷たい雨が降りしきる中、半ば強引に引き寄せられ・・・・・・、俺は八神さんに抱き締められた。 『いい子だなあ』 と言われながら。

飛ばされてコロコロと回転する傘を横目で見つつ自分の置かれている状況を把握しようと試みたが、心臓が口から飛び出しそうなほど暴れまくっている状態では中々思うようにいかない。

とにかく・・・、深呼吸して、ちょっと落ち着こう、俺。

そう、俺は今、いい子だって褒められながら抱き締められている。 嫌じゃないけどとにかく雨が・・・

「冷たい・・・」
「あっ、ごめん!」

勢いよく身体を離されて足元がフラついて、また支えるように身体を抱え込まれた。
落ち着いているのかそうじゃないのか、よくわからない行動をする人だ。八神さんって。


「あー・・・、かなり濡れちゃったね。」

雨露が滴る自分の髪には構わず、大きな手で俺の濡れた前髪をかき上げた。
誰の所為ですかって・・・

「まあ俺の所為だよね。」

そりゃそうですね・・・
八神さんの親指が俺の目元の雨露を拭う。 ああ、やっぱり指先まで冷えてる・・・

「じゃあ、温まろうか。」
「は?」

「俺の部屋近いから。」
「えぇぇえ・・・!?」


なに考えてんだよ、この人??

八神さんと会話を交わすようになってまだ間もないが、その短い期間に何度同じ言葉を思い浮かべたことか、そして何度身体がフリーズしたか・・・

ガシッと肩を抱かれ、抵抗らしい抵抗もできないまま俺は連れ去られてしまった。





自販機から数分も歩かないうちに目的の建物に着いたらしい。 最近流行りのタワー型マンションではなく、重厚な雰囲気漂う渋いレンガ造りの低層マンション。 普段何気なく脇を通り過ぎていたけれど、今日のように摩訶不思議な出来事でもない限り、俺のようなフリーターが一生足を踏み入れることすらないであろう場所。
ここまでの道程、八神さんが俺を庇うように傘を差してくれていた (所謂相合傘であります) が、極端な身長差の上に早歩きではそれもあまり意味を成さなかった。 頭からずぶ濡れの男が、これまたずぶ濡れの男に肩を抱かれている状態はかなり怪しい。守衛の前を通り過ぎる時は緊張しすぎて眩暈を起こしそうだった。 『誰も怒らないから、そんなにビクビクしないで』 ・・・クスクスと笑いながら言われて、恥ずかしいやら腹立たしいやら・・・、顔から火が出る思いをした。

結局マトモに言葉を返すことも出来ないままおめおめと部屋の中まで連れて来られたワケであるが、さすがにこれはマズいと、緊張と不安で消え入りそうになる声をどうにか絞り出した。

「あの、俺・・・」
「ん?なに?」

頭からスッポリと覆うように被っていたバスタオルを捲られ、顔を覗き込まれて逡巡する。
いくらいきなりで状況を把握する余裕がなかったとしても、有無を言わせずな雰囲気だったとしても、部屋ここまでついてきて 『そういうつもりじゃありません』 は有効か、否か?

──・・・ なのはわかりきっているが、本当にそんなつもりでついて来たワケじゃないし、そうなっても困る。

「どうした?」
「あの・・・ここまで来ておいて言えることじゃないと思うんですけど・・・俺、そういうつもりじゃなくて・・・」
「『そういうつもり』?」
「だからあの・・・」

小首を傾げて数秒 ──・・・

「ああ! いや、俺もそういうつもりで連れてきたワケじゃないよ。」

「・・・は?」

「雨に濡れちゃったの俺の所為だし、寒いし、本当に温まって貰おうと思って。 もう風呂に湯は張ってあるんだ。」
「あの、俺ん家もそんなに遠くないんで、家の風呂に ──・・・」

「それじゃ困る」


──・・・ というか、意味ないというか・・・  えーと、ちょっと整理して説明するね。
 雨に濡れても濡れなくても、部屋には来て欲しかったんです。そのつもりで声掛けたし、待ってました。
 でもそれは純粋に君と話がしたかっただけで、何か妙なことをしようと思っていたワケではないです。」

整理されても不可解さが拭えない説明だ。 ”そういう目的” じゃないのなら (そういう目的じゃ俺が困るんだけど)、男のアナタが男の俺になんの話があって部屋に呼んだりするんでしょう??
しかも早朝、みぞれ雨の中を待ってまで・・・

「でも、確かにこれじゃナンパと変わらないよね。 警戒されて当たり前だね。 ごめんね。」

自分にも落ち度(?)はあるので謝られると居心地が悪い。

「いえ・・・、結局俺もついてきちゃってますし」

「うん、それもそうだよね。 この状況じゃ、君は俺に何をされても ”同意” とみなされる。」
「え゛っ」

「ウソ、冗談。 ほんとに何もしないから大丈夫。 心配なら携帯に110表示して手元に置いておきなよ。」

安心させたいのか、不安を煽りたいのか、なんだかもうよくわからない。 ただ、俺が明らさまにホッとするのは気に入らないようである。 子供ですか、アナタは・・・

「でもさ、君、俺にキスされてるんだよ?覚えてる?」
「ええ・・・まあ・・、度重なるセクハラの所為で記憶がプレイバックさせられます・・・」
「それでも待ち合わせ場所に来ちゃうところが素直というか・・・。 ほんと見た目通り。」
「あ、あんなの、犬に舐められたようなモンですから。」
「言ってくれるね。」

ワシャワシャと俺の髪を拭いていた手を止めて、顎を掬った。 あ、なんかマズいシチュ・・・

「『犬に舐められた』 で済ませられないようなのしてあげようか?」

・・・・・・・・・・・・。(固)

「うーそ。 早く温まっておいで。 廊下、突き当たり右ね。」


ばっくんばっくん、心臓の音が頭の中まで響いてる。 『あー・・・』 だの 『うー・・・』 だの、意味不明な音しか喉から出て来ない。
固まっていた足をどうにか動かしてバスルームまで行ったが、そこでまた俺は固まる。

「デカ・・・」

脱衣所・・・って言うの?それが既に俺のアパートの一室よりも広い。浴室とを区切る曇りガラスの扉を開けてみると、またまた信じられない光景が広がっていた。 お・・泳げる?・・ことはないが据付の浴槽は子供プール2個分だ。 当たり前のように湯面は泡立ってるし・・・、ねえ、一面クリーム色のこの床とか壁ってもしかして大理石ってやつ?? マンション外観からの想像を裏切らないゴージャス風呂。 でも、ケバケバしくも厭味にも感じないのは所々に置かれた小さなグリーンとオレンジ色の柔らかな照明の所為か?

「コレがこのマンションに決めた一番の理由。」
「うわっ」

いつの間に背後に立っていたのか、八神さんの低音ボイスが俺の鼓膜を震わせた。ついでに背筋に妙な感覚まで走る。 背骨に沿って肌をザラリと舐め上げられたような、間違いなく男相手に感じるべきでない感覚。
ったく、ワザワザ耳元で囁かなくてもいいだろうに!  あ゛あ゛〜〜、だから顔近いってっ。

「フロはゆったり浸かりたい派なんだけどー、普通のマンションだと俺の身体には小さすぎるんだよね。
 ここは広くていいでしょ? 俺の趣味でオプションをこれでもかってくらい付けてみました。
 結構気に入ってんです。」
「そうですか・・・」

「ん?」
「もう入りたいんですけど・・・」

「ああゴメンゴメン。 じゃあ、脱いだものは洗濯機に放り込んでおいて。 乾燥までやってしまうから。
 で、乾くまでこれ羽織っててくれる? 新しいシャツと下着あげたいんだけど、多分俺のじゃサイズが・・・」

手渡されたのは、ふっかふかの真っ白なバスローブだった。 それが八神さんのイメージにピッタリすぎて可笑しい。 そして俺のイメージにはかけ離れ過ぎていて泣ける。
ラブホに置いてある、あのバスローブと浴衣を足して二で割ったような丈の短い妙な着物あるじゃん?あーそうそう、病院の検査着みたいなやつ。 あれ、男が着ると凄くマヌケじゃん? 間違いなくあれに匹敵するよ、俺がコレ着たら・・・

『どうしてもコレ着なくちゃダメですか?』 の意味を込めて八神さんを見返した時、またまた不意打ちでキスを奪われた。 チュって、一瞬唇が重ねられるだけの軽いモノだったけれど、ローブを手から落として呆然とその場に立ち竦む俺に、今時外国映画の主人公でもやらないよみたいなウィンクをして一言。

「舐めただけ。」

そして、鼻歌交じりでバスルームを出て行った。


あのヒト・・・、もしかして (いや、もしかしなくても) 俺のこと揶揄ってる??





(続く)
揶揄い3割、ワナ7割(笑)





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