続・味見してみる? 07



八神さんのお気に入りというだけあって、このデカい風呂はかなり快適だった。 自分家の浴槽じゃ足を伸ばして湯に浸かるどころか体育座りも結構キビしい。 ジャグジーなんて昔親にムリヤリ連れて行かれた地元の健康ランドでしか体験したことはないが、立ちっぱなしで重くなった足腰 (俺はオヤジかっ!) に水流をあてると相当キモチイイ。 ブクブクと沸き立つ泡が全身を適度に刺激して眠気を誘う。 熱すぎず、温すぎずの湯温も良し。 仄かに香る柑橘系のバスキューブはフザけた家の主に似合わず (見た目は似合ってるんだけどね・・・) 気を落ち着かせてくれてまた良し。

程よく力が抜け、傍目から見てもご機嫌で風呂から上がった俺。 真っ裸マッパの上に似合わないバスローブを纏っていることなどスッカリ頭から抜けている。 我ながら簡単な男だ・・・

「ところで小杉君、年いくつ?」
「ハタチです。」
「じゃあ大丈夫だね。ハイ。」

リビングに戻るとすかさずビールを手渡された。 八神さんがいつもウチのコンビニで買っていく銘柄のやつ。 肉まんといいビールといい、八神さんは一つのモノに執着するタイプなんだろうか・・・?と、俺が手足を伸ばしても余裕で寝転べるぐらいのデッカいアイボリーの革張りソファーに腰を下ろし、プルトップを引き上げながらふと思った。 なんか俺、スッカリ寛ぐ態勢じゃない?

「そういう八神さんはおいくつなんですか?」

「はち」

「じゅうはち?」
「顔に似合わず意地悪いね、小杉君。」   (因みに38でもないですよ)
「揶揄われっぱなしが癪なだけです。」

「まいっか。これで淫行は成立しないもんね。」

サラッと事も無げに言われて口に含んでいたビールを噴き出しそうになった。

「・・・っぐ、うっ」
「冗談だってば。」

「・・・セ、・・・セクハラ酷すぎ・・・」
「はは。 ごめんね。」

鎮まっていたはずの心臓がまたバクバクと忙しなく音を立てる。
落ち着け、落ち着け、俺。狼狽えたらこのヒトは益々調子付く。平常心、平常心。何度も自分に言い聞かせながら、ガブガブとビールを煽った。 素面ではとても八神さんに対抗できそうになくて、アルコールの力を少し借りようとしたのである。 (いや、それ余計危ない・・・)


「小杉君結構イケるクチなんだね。 ビールまだあるから冷蔵庫から自分で出してね?」

ツマミを準備してくれていたらしい八神さんが、一気飲みに近い勢いで一缶を空けた俺を見て言った。
しかし、促されて遠慮なく冷蔵庫の扉を開けた俺は、この日何度目かの ”信じられない光景” を目の当たりにする。

「八神さん・・・これ・・・」
「ん?」

「箱買いでもしてるんですか?」
「してないけど?」
「でもこれ・・・」

目の前の冷蔵庫はビール缶で埋め尽くされていた。 勿論、八神さんが毎日買っていく銘柄のビールで。

「俺、ビールってあんまり飲まない人なんだ。」
「え?でも、毎日・・・買ってますよね・・・?」
「そう。だから溜まる一方。」
「飲まないなら、なんで買うんですか・・・?」
「んー・・・、肉まんに合いそうでしょ?」

「無駄なこと・・・するんですね」
「そうかな?」

そりゃそうだろ・・・
飲みもしないビールを、肉まんに合いそうだからという理由で毎日買うって・・・ 『無駄』 以外になんと表現すればいいのか俺にはわからない。

「はは、気付かないかぁ・・・。」
「・・・?」

「天然?」
「はい?」
「やっぱり天然なんだな〜。」

アルコールの回り始めていた頭に八神さんの言葉は難しすぎて。 頻りと首を傾げている俺を彼は可笑しそうに見ていた。


『純粋に俺と話がしたかっただけ』 は本当だったらしく、それからは特に妙な雰囲気に持っていかれることもなく、ただソファーに並んで座って色んな話をした。 ・・・と言っても大半は俺のくだらない世間話を八神さんがビール片手に(普段飲まないビールに付き合ってくれたらしい)菩薩みたいな穏やかな笑みを浮かべて聞いていただけだけど。 あ、でも、八神さんが昔実家でウサギ(!)を飼ってたって似合わない話を聞いた時は笑いが止まらなくて俺も困った。 だって、このオットコマエな大人の男性が、『チョコたん (誰が命名したんだろ??そこは恐くて突っ込めなかった) は今まで出会ってきた生物の中で最愛の部類に属する』 なんて真顔で言うんだよ? 申し訳ないけど笑わずにはいられないだろ?

とにかく楽しくて楽しくて、時間の経つのも忘れて喋り捲っていた気がする。 いつもバイトから帰った後は、シャワーを浴びてる最中でさえ転寝しそうになるほど眠気に弱い俺なのに。 八神さんも出張帰りで疲れが残ってるんじゃないだろうか・・・とか、当然気にしなくてはならないことも微塵も頭に浮かばなかった。

”食事効果”ってあるじゃん?あんまりよく知らない人でも一緒に食事をするとぐんと距離が縮まるってヤツ。そこにアルコールなんか入ったらもっと一気に縮まっちゃうもんじゃん? もう正にそれ。 プライベートなことを突っ込んで話をしたワケでもないのに、ずっと前から八神さんと知り合いだったような錯覚すら覚えた。

最終的に俺はどれだけ喋ってたんだろう・・・? リビング奥の超横長のブラインドの隙間から差し込む明るい光は、とっくに朝が来ていることを告げていた。 顔は熱いし、瞼も身体も重い。 『眠い?』 って訊かれてソファーの背凭れに乗せていた頭を起こそうとしたところまでは覚えてるんだけど・・・



そこから目が覚めるまでの記憶がない。


いや、冗談抜きで。 起きたら昼だったんだ。

確かにかなり酔いが回っていた自覚はあったけど、記憶が無くなるまで酔ったのはこの日が初めてで。 それだけでも結構ショックだったのに・・・

「おはよ」
「・・・・・・おはよ・・ぅ?・・ございま・・す 」

見慣れない部屋で、他人のベッドの上で、バスローブの下は素っ裸 (しかも前は肌蹴て丸出しだった) なんて異常な状況で目覚めてさ、隣で八神さんが俺の顔を眺めながら半裸で横たわってるしさ、マジで腰を抜かすかと思ったよ。 肌蹴たバスローブを慌ててかき合わせたりする俺はまるで乙女・・・。

「小杉君寝ちゃったからベッドここに運んだだけだからね。 ナニゴトも起こってないから安心して。」

「・・・・・・ご・・迷惑・・・おかけ・・しました」
「いえいえ」

何でもないことのように優しく笑ってくれても、やっぱり恐縮するしかないワケで。 そんな俺に、『強引に誘ってよかった』 って八神さんは言った。 そして、目を柔らかく細めて頬に手を添えながら続けた。

『毎朝俺の隣に君がいればいいのに』

って。
こんな状況で、そんなに甘い顔で甘い冗談を言わないで欲しい。 色々勘違いしそうだよ・・・なんて我ながらボケたことを思いつつ・・・・・・



結局あれからほぼ連日俺が八神さんのベッドで目覚めているのは皆様ご存知の通り。

ハイハイそうですよ。 ナンパもどきなことされて、ホイホイついてって、一緒に酒飲んでちょーっと話をしたら懐いちゃった〜♪って、野良猫より簡単な男ですよ、どうせ。



「なんで未だに無事かねえ・・・」
「知らね。」

幼馴染の呆れた口調を流すのも大分慣れた。 そんなことは俺じゃなくて八神さんに訊いてくれよ。

「なんで大人しくついて行くかな、お前も・・・」
「だって、八神さんあのヒト ワザワザ店の近くまで迎えに来るんだもん。」
「だからぁー、もう来ないで下さいって言えばいいじゃん。」

「ジージャグが捨てがたいんだ、ジージャグが。」


───・・・ というのは当たり前だけどただの言い訳で。

ほんとは自分でもわかってるんだ、誘われるままに部屋に行ってしまう理由。


「でも4月からお前 ──・・・」
「うっさい。」



全部わかってるんだから、もう少しの間だけ何も考えずに今の状況に甘えてたっていいじゃん・・・って思ってる自分と、このままだとなんとなくキツいなって思い始めている自分がいる。





(続く)
警戒心?ナンですか、ソレ? by 小杉





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